もう何を言っても変わらないのなら、
笑うしかない。
ただひたすら毎日の業務を
やっていくしかない。
そんな感じだったのかもしれません。
患者さんや同僚に当たり散らすことは
絶対にしたくなかったので、
(たまにそういう看護師がいるのも事実。)
嫌な顔一つせず、ただひたすら
笑顔で目の前の仕事をしていました。
壊れて笑顔しか出来ない
人形のようだったと思います。
今回初登場の橋野さん(仮名)は、
私の1年下の後輩です。
しかし、同じ病院に入職するまで
先生をしていた方でした。
「もう一度現場で働きたい」という熱意で
現場復帰した方で、とても尊敬しています。
自分の子どもと歳の変わらない年下の私に、
わからないことがあれば「教えてください」と
言える方でした。
橋野さんほどのキャリアをお持ちの方なら、
ちょっとくらいふんぞり返ってもいいような気もしますが、
(実際、ふんぞり返っている看護師もいます。)
「消化器科は初めてだから…」
と学ぶ姿勢に、
私は「素敵だなぁ。
あんな人になりたい。」
と憧れておりました。
そんな橋野さんでも「無理」と思う
膨大な仕事量と異常な人手不足…。
あの頃は我が身を顧みず、
身を粉にして働いていたな…と思います。
13話へ続きます!

ライターとしてお仕事させて頂いてます↓










コメント
コメント一覧 (13)
私は病院関係ではないですが、専門学校を卒業後、地元のペットショップに就職しトリマーの卵で頑張ってました。ショップ自体が大型ショッピングセンター内にあった為、家族経営のショップだったんですが、ショッピングセンターが終わる夜9時にショップも閉店。朝は8時に出勤し、9時に閉めてちょっと片付けをして出ると自宅に帰るのは10時過ぎ。自宅から片道40分の距離を運転してました。一応、遅番の当番は順に来るものの皆、朝は8時出勤。お盆や正月前はお客様もペットを綺麗にしてから帰省したいと思うみたいで、予約はキャパを超えるくらい入ってました。1日100頭近くやった時もあるんじゃないかな?その期間は3週間程休みも無く、朝の出勤も30分早くなったり。従業員の数は私を入れて8人くらいでしたが、売り場担当だけでカット等は出来ない人もいましたし、実際トリミングの方は5人で頑張ってました。
暇な日もありましたが、忙しい日はほんとに忙しくて、他に子犬の販売もあってそれも世話しなきゃなんない。子犬は20頭くらいいました。姉妹店から応援もたまに来ましたが、それでも目が回る程でした。私達がこんなに頑張っていても、社会保険もかけてくれてないようなブラック企業でした。咬まれてケガしても保険がないので実費です。社長や店長らは私達が働いてる中、旅行に行ったり、遊びに遠出したり。給料もハッキリ言って安い。最悪でした。
私はこの多忙な中、まだ新人でカットも1人では出来ない状態なのに危険な犬を任され、その犬を作業中にケガさせてしまい、その犬は命を落とす結果になりました。私も毎日多忙で、帰るのが遅いのに朝は早い。若いし大丈夫と思っていましたが、昼の時間も忙しいと10分でご飯食べてと言われたりで、大丈夫と思っていたけど気持ちはフラフラだったんだと思います。実際帰宅途中に寝そうになってホイルカバーを無くしたり、行く途中に事故にも2回あいました。運転中、ボー…っとしてたんですね。信号無視も何回した事か…笑
結局、そのケガをさせた事件以来、職場にも居づらくなり、専務や社長からはイジメのようなものもされ(お客様の犬を殺してしまったので当然ですが)いつ辞めるんだ?と言われて、明日から来ません。すみませんでした。と言って退職しました。
若いから大丈夫なんてのは無いんですね。体は日に日に悲鳴をあげていたのかもしれません。辞めてほんとに良かったです。
エマさんのブログを読んでいて今までの私…でした。
私の自律神経を乱すまでの経過を見ているようで客観視出来たので感謝しています。
看護師になってからずっと1番年下なので、意見も出来る立場でなく、言われたら言われっぱなし…
自分を押し殺していました。
でも認めてもらえるように必死でやっていたら自律神経乱しました。今治療中です。
ようやく今は意見を聞いてもらえますし、言えるようになったので楽になりました。
これからもブログ楽しみにしています。
日勤帯でこれですよね?
私は大学病院で7(患者):1(看護師)←(他の人にわかるようにあえて書いてます)でした。
脳外でしたが、日勤帯であれば看護師一人で重症患者四人のみ。または重症患者二人+1部屋(四人)くらいの受け持ちでした。
他の人もこれを見て、エマさんがどんなに大変か分かるかな…
25人の患者がいたら
師長
リーダー1人
受け持ち3~4人
フリー1人
助手1~2人
でやってました。
なのでエマさんの状況は本当に無理です。
リーダーは患者の状態を医師に報告し、医師からの指示受けをし、メンバーに指示を出し、変更の内服、点滴があれば薬剤部に連絡し、準備し、メンバーを手伝うのも合間を縫いながらじゃないと本当に厳しいですしね…
ましてや、患者さんの命を預かってるからミスをしちゃいけない。神経をすり減らしてミスのないよう細心の注意をしながら働いてる…
私も大学病院時代は不眠症でした。家に帰ってもアラーム音が聞こえ、寝ても「ヤバイ!寝坊した?!病院に行かなきゃ!!」と寝ぼけて起きて、常に浅い眠りに…
私はよく不平不満をいってましたが、笑顔で不平不満を言わない人を見て「出来た人だなぁ~見習わないとなぁ」と思っていましたが、もしかしたらエマさんのような状況で表情を出せなくなってたのかもしれないですね…
でも、エマさん!旦那さんはわかってなさすぎ!!私は付き合う人にどんなに仕事が大変かシフトの見方等いつも切々と説明してました!!彼氏に言う、私の決め台詞は「こっちはたくさんの命預かってんだよ!間違いなんか起こせないから自分の命をすり減らすくらい、神経使ってんだよ!」でしたよ(笑)
それくらい言えてたらエマさんもすこしは楽になれたかもしれないですね…
私は今の年齢(50歳)になってやっと、自分を休める 方法を見つけました。。更年期も重なったりと、ヤバイ所までいきましたが、なんとか這い上がりました。。気分の悪さの逃がし方も、わかりました。。
上手く付き合って行こうと思います(^^)
看護師していました。
笑顔を作っていたけど余裕なんてなく。
子どもには、絶対に看護師になるなと言ってます。
仕事の割に給料悪いし。
うちは男の子なので、看護師には絶対にならないと言ってますが、今は男性看護師も増えてきましたからね。
私はうつ病ではないですが、身体的に
本当に窮地に立たされています。
自律神経は皆んな不調なはずですよね。
又々ブログ楽しみにしています。
ナースコール、モニターアラーム、呼吸器アラーム
夜勤明けでも聴こえてました!泣。
激務について看護師の方のイメージ通りでした
お子さまの子育て大変だと思いますが、頑張って下さい。応援しています。
それまでは笑顔でごまかしていたのに、それすらできなくなって…
あれ?私もひたすら笑顔振りまいていた時がありますね(^_^;)その頃だと一緒です(°▽°)