わたくしごとですが。

とある女のライフステージを絵日記で綴ったブログ。学生、社会人、結婚・出産、子育ての中に、意外と山あり谷ありな半生が!?

タグ:産後

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後部座席のチャイルドシートから
娘の泣き声が聞こえてきました。


後ろから追突されたので、
後部座席にいた娘への衝撃は
計り知れません。


当時、たった生後9ヶ月だった娘。
(ちょうど9ヶ月0日だった。)


静かに眠っていたのに、
突然強い衝撃に襲われ、
どんなに怖かっただろうと思います。



バックドアは追突の衝撃で
ベコベコになり、
後ろのラゲッジスペースに食い込んで、
スペースが無くなっていました。



娘の乗ったチャイルドシートと、
食い込んできたバックドアの間を
後部座席の背もたれだけが隔てている

…という状況でした。




この時はもう、娘が心配で、
早く抱っこしてあげたくて。


でも頭の中はパニックで、
自分が怪我していることに
気づいていませんでした。





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『グシャっ』と効果音を描いてますが、
【コレジャナイ感】があります。


漫画でどう表現すればいいんだろう…
あの瞬間…。

後ろからタクシーに追突されて、
すごい衝撃でした。

乾いた音がしましたが、

一瞬、音が消えたんです。一瞬。
大きな音を立てて追突されたハズなのに。



車内の小さなチリや
ホコリが舞い上がったのか、
車内はモヤがかかったように白くなりました。


エアバッグが開いていたのに、
私には開いたこともわかりませんでした。


衝突時の記憶が殆どありません。


事故って、こんな刹那に
起こるんだと思いました。





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運命の日がやってきました。

この出来事さえなければ、
私はうつ病を再発せずに
済んだかもしれませんでした。

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皆さんのお子さんは、
チャイルドシートを嫌がらず
座っていてくれますか?

車内で泣いたりしませんか?


私が運転する時、娘は
後部座席のチャイルドシートに
座らせていたのですが、

当時はよくギャンギャン泣かれて
辛かったのを覚えています。


しかし、この日の娘は
チャイルドシートで静かに寝ていて、

落ち着いて運転出来ていました。


でもまさか、

税務署に向かう途中に
あんな目に遭うとは、

全く思ってもみませんでした…。





関係ないけど、

今、これ狙ってます…。(笑)

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【離乳食はだいたい5ヶ月頃から】と
育児書には書いてますが、

娘は心臓のこともあってか体が小さく、
ベビーチェアにも座れない様子だったので、

生後6〜7ヶ月頃から始めました。


最初の1ヶ月は全くと言って良いほど
飲み込んでくれませんでした


離乳食を始めて2ヶ月目に入り、

ある日突然「パクっ。ゴクっ。」と
食べるようになり、
急な変化に驚いたのを覚えています。


娘は「食べさせて!あーん!」
というタイプではなく、

「そのスプーン渡しなさい!
自分で食べるわ!
っていうかスプーン面倒だわ!
手で鷲掴みよ!」
というタイプでした(笑)

私がスプーンで食べさせようとすると、
反り返って泣き喚くので、

新聞紙などを下に敷いて、
エプロンを着せて
好きに食べさせていたのですが、

毎回汚れ具合が酷かったです(笑)

(敷いている新聞紙を
はみ出すほどだった。)

頭にキャベツが乗っかっていた時は
笑いました(笑)



離乳食を始めて1ヶ月間は、

離乳食作りに慣れてなかったし、
作っても食べて貰えないし、

たくさん悩みました。


離乳食後の片付けは大変だったけど、

段々食べてくれるようになって、
授乳も間隔があくようになってきて、

小さめだけど、
ゆっくり成長してる娘を見て

「生後1〜2ヶ月の育児が
ずっと続いてるような感じだったけど…。
やっと…。やっと落ち着いてきたかも。」

と思えるくらいになりました。



こうしてやっと落ち着いてきたのに…

やっと育児が上手くいきだしたと
思ったのに…

娘がちょうど9ヶ月になったその日、
ついに、決定的な出来事が起こりました。






はじめましての方は→コチラ。【初めてうつになった話】の第1話はコチラ。【産後にうつ再発編】の第1話はコチラ。この時の主人は、人の2倍も働いていて(↑同職者の人の証言)とても忙しくしていました。それなのに、娘をお風呂に入れる為に時間を調整してくれたこと、本当に
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この時の主人は、
人の2倍も働いていて
(↑同職者の人の証言)
とても忙しくしていました。


それなのに、
娘をお風呂に入れる為に
時間を調整してくれたこと、

本当にすごいなぁと思うし、
感謝していました。




(おむつは「オエッ」と
吐き気がしてくるので
替えられないそうですが(笑))



主人がこんなに調整してくれても、
帰宅が遅くなったりして…

「まだかなー。まだかなー。
もう娘をお風呂に入れたいなー。
でも自分がやりたいって
言ってくれてるし…。」

と思いながら、待ちくたびれる日も
多々ありました^_^;


で、辛抱強く待っていたら、
「今日はこの後飲み会にいくから
お風呂入れてあげられん!」
と言って、自分だけシャワー浴びて
バタバタ出て行かれる時もありました^_^;


「まだかなー。まだ帰って来ないなー」
と思いながら待つのは、
私にとっては結構なストレスだったので、

今思えば、待ってないで
自分や娘のペースでやれば良かったなぁ
と思いました。


お風呂から出たら、主人は
ビールとおかず最低3品欲しい人なので、

お風呂上がりの娘を受け取ってからも
私はバタバタしてました(>_<)

(昼間に少しでも準備出来てれば
良かったんですが、出来ませんでした。)



うつ病が軽快した今も、
晩御飯の準備の時は

「早くしなきゃ。
食卓をちゃんとしなきゃ。」

という焦りが出てきて、
動悸が起こることがあります。


私はお酒を飲まないので、
お酒に合うおつまみが分からなくて…
(主人はお酒好き)

私にとって晩御飯は、
1番プレッシャーのかかること
だったようです。


家事育児の割合を数字で表すならば…


昔の我が家は

私:主人=9.5:0.5
(主人は子どものお風呂のみ。)

現在の我が家は…

私:主人=8:2

(仕上げ歯磨きをしてくれたり、
遊びに連れて行ってくれるようになった。)

かなぁ…と思います。



これ以上、主人の割合が増えることは
望んでいません。

今、子どもたちもだいぶ
大きくなってきましたし…。



むしろ、娘が小さい時に
もっと協力してもらえていたら
良かったのになぁ…とは思います。


実家が遠い私は、
主人を1番頼りにしていたので。



それか、娘が小さいうちは、
長期間実家に戻っていれば
良かったと思いました。


(同じように実家が遠くて、
旦那さんの帰りが遅い友人に聞いたら、

子どもが小さい頃は、
何ヶ月も実家に戻っていたそうです。)


…あ、でも、娘の場合は小児循環器科の
定期受診があったから無理だったかな…。
(地元には小児循環器科は無い)



…なんにしても、母親1人で
小さな子どもの面倒をみるのには
限界があります。


1人でも多くのお母さんが、
孤立しないで育児出来たらなぁ
…と思います^_^





無理…!相変わらず、娘のことや家事でいっぱいいっぱいの私には無理でした…。生後半年でも相変わらず楽にならない子育て。(娘は特に^_^;)小さい子を抱えている人には、必ず、もう1人の手がなければ大変だと思います。私は実家が遠いし、夫は朝早くから夜遅くまで仕事だっ
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無理…!


相変わらず、娘のことや
家事でいっぱいいっぱいの私には
無理でした…。


生後半年でも相変わらず
楽にならない子育て。
(娘は特に^_^;)


小さい子を抱えている人には、
必ず、もう1人の手がなければ
大変だと思います。


私は実家が遠いし、
夫は朝早くから夜遅くまで
仕事だったので、
今で言う『ワンオペ育児』でした。


何か、時間がかかることをやる時、
集中して取り組みたいことがある時は、
赤ちゃんを預けるか、
誰かに頼むことが大切だなと思いました。


子育て経験の無い人から、

「一日中時間あるのに、
赤ちゃんみながら出来ないの?」

と思われたり言われたりしがちですが、
(勿論みんながみんなではないですが。)

そこは話をして分かってもらうしか
ないのかなぁと、今になって思います。


大変さは、毎日毎日赤ちゃんと24時間向き合っている自分にしか、わからないので



(私の場合、当時「私が要領悪くて
ダメなんだ」と思ってる節があったので、
誰にも頼らず1人で
頑張り過ぎたというのもあります(>_<))





子どもが生まれる前から、「引っ越そう。家を買おう。」と考えていて、主人がその為に、色々と動いてくれていました。娘が生まれて3ヶ月頃に家が決まり、その2ヶ月後に引っ越すことになりました。引っ越す頃は、娘が生後半年くらいで、授乳間隔がやっと3時間あく様になった
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子どもが生まれる前から、
「引っ越そう。家を買おう。」
と考えていて、

主人がその為に、
色々と動いてくれていました。


娘が生まれて3ヶ月頃に家が決まり、
その2ヶ月後に引っ越すことになりました。


引っ越す頃は、娘が生後半年くらいで、
授乳間隔がやっと3時間あく様に
なったところでしたが、
(たまに『3時間あく』って感じで
毎回ではなかったですが…)

真夏だったこともあって、
娘に付きっきりでした。


お引越しは周囲の協力もあり
なんとかなったものの…

その後の片付けがまた大変でした。


生後半年の娘の世話と
家事でいっぱいいっぱいの私
(暇があれば睡眠とりたい)に、

引っ越し後の片付けをする
余裕が作れるのか…⁈


第10話へ続きます。



はじめましての方は→コチラ。【初めてうつになった話】の第1話はコチラ。【産後にうつ再発編】の第1話はコチラ。7.誰にも頼れない育児の続きです。休めない…!『生後3ヶ月頃になれば授乳間隔もあき、夜もまとまって寝る子が増える』と、とある育児書で読んだのですが、娘
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休めない…!


『生後3ヶ月頃になれば授乳間隔もあき、
夜もまとまって寝る子が増える』と、

とある育児書で読んだのですが、
娘にそんな気配は全くありませんでした。



娘は4ヶ月でも4800gしかなく、
生後0〜1ヶ月頃の育児が
ずっと続いているような状況でした。


スーパーに買い物に行く前に授乳しても、
駐車場に着いてからまた車内で授乳する
…ということもあるくらいでした。



子どもを持つ前は
「看護学生の頃から昼夜問わず働いていたし、
自分は大丈夫だろう」と思っていましたが…

こんなにも
ゆっくりする時間がないだなんて、
想像以上でした。

(娘が特段そうだったようで、
第2子である息子(健常児)と
比較すると、息子はすごく楽でした。)


第9話へ続きます。

昨日、投稿ボタンと下書きボタンを間違って押してしまいました通知が行ってしまったかと思います。申し訳ありませんはじめましての方は→コチラ。【うつ再発編】の第1話はコチラ。6、神経質な母親になりたくなかったの続きです。もっと強くお願いすれば良かったのか?強くお
昨日、投稿ボタンと下書きボタンを
間違って押してしまいました

通知が行ってしまったかと思います。
申し訳ありません


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の続きです。


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もっと強くお願いすれば良かったのか?

強くお願いしたところで、
仕事だからどうしようもなかったのか?


今更考えても仕方のないことで…。


その時は本当に、誰にも頼れない
状況にいたんだろうな…と思います。



ただ、元々【人に頼るのが苦手】な
性格でもあった為、
それも相まって…という感じで、
どんどん疲弊していった気がします。


総合病院は2週間に1回の通院でしたが、
その他にも小児科に予防接種に行ったりと、
なかなかスケジュールが詰まっていました。


総合病院の通院は待ち時間が長く、
娘の泣き声で迷惑をかけないようにと
気を張っていた為、想像以上に疲れました。

(午前10時の予約なのに、帰る頃には
午後14時になってる…というのが
毎回のパターンでした。)


娘の心臓は5ミリ大の穴があいており、
肥大してしまっていました。

その影響で体重も増えないのだろうと
言われました。


どうして周りの赤ちゃんよりも
娘が小さいのかが分かって
モヤモヤは晴れたのですが、

先天性心疾患があるとわかった
ショックは大きかったです。

(手術するかしないか迷う
大きさと場所だと言われました。)


普段の授乳も安定していない中、
わずか4カ月の子に
薬を毎日内服させる日々…。


初めての育児と重なり、
不安は大きかったです。

第8話へ続きます。




はじめましての方は→コチラ。【うつ再発編】の第1話はコチラ。5.娘を生かすことに必死だったの続きです。一ヶ月健診を受けて愛知の自宅に戻りました。1ヶ月健診では、特に異常を指摘されませんでした。産後は誰しも神経質になりやすいですよね。赤ちゃんが心配だから、些細
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の続きです。


一ヶ月健診を受けて
愛知の自宅に戻りました。

1ヶ月健診では、特に
異常を指摘されませんでした。

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産後は誰しも神経質になりやすいですよね。

赤ちゃんが心配だから、
些細なことも気になってしまう…。


標準体重枠に入っているにも関わらず
「うちの子が小さくて…」と
気にしているお母さんをみると、

「そんなに気にしなくても…。
うちの子なんて標準体重枠にも
入れてないのに…。
標準体重の範囲内なんだから、
不安になる必要ないのに。」
と思っていました。

(今となっては、
そういう気持ちもわかりますが…)



なので、

【自分は神経質に
なり過ぎないようにしよう】

と思っていました。


【1ヶ月健診の時も、
助産師訪問の時も、
『この子なりに大きくなっている』
と言われたし。】

【私の赤ちゃんだから、小さいんだ。
(私は低身長ですf^_^;)】


そう考えていました。



しかし、外出する度、


同じ月齢の子との差に驚いたり、

[生後2ヶ月から]のカートや抱っこ紐が
娘には大き過ぎて使えず…

娘の小ささが一際目立ってきました。


「気にし過ぎないようにしよう」と思っても、
心配はぬぐい切れませんでした。






はじめましての方は→コチラ。【うつ再発編】の第1話はコチラ。【4.娘を可愛いと思わなかった】の続きです。そう、娘を【とても大切に思っている】ということには変わりないのです。授乳が上手くいかないって、母親にとってかなりのプレッシャーだと思うんです。【食べること
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の続きです。
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そう、

娘を【とても大切に思っている】

ということには変わりないのです。



授乳が上手くいかないって、
母親にとってかなりの
プレッシャーだと思うんです。


【食べることは生きること】なので、

私が授乳を頑張らなければ
この子を生かすことが出来ない。


もちろん、粉ミルクという選択もありました。


しかし娘は、3話目のテキストに
書いてある状況だったのと、

私自身が
『自分が頑張れば、母乳育児も軌道に乗る』
とずっと信じてやっていたので、

完母になれるよう、
そのまま頑張り続けました。


1ヶ月健診が終わった後、
愛知の自宅に車で戻る予定だったので、

(公共交通機関を使うと
周りの迷惑にもなるし、
車の方が気が楽だろうという
主人の心遣いでした。)

その為にも、哺乳瓶の消毒や
お湯の準備の要らない完母になりたい
…と思っていました。


しかし、それまでに完母になれず、結局
混合栄養のまま長距離移動することになり、

消毒よう薬液を車に置いて、
(↑揺れで溢れないか心配だった)
哺乳瓶をたくさん準備して、
母乳をあげたらミルクもあげて、
サービスエリアに着いたら
哺乳瓶を洗って消毒して、
お湯を確保して…と、

娘はちょこちょこ飲みで
回数も多かったので、

色々と大変でした。


(1日では帰れない距離なので、
神戸辺りでホテルに1泊しました。)


今、2児の母になって考えてみると、

「完ミだったら良かったんじゃない?」
「飛行機で帰れば良かったんじゃない?」
「哺乳瓶、レンジで消毒出来るものに
すれば良かったんじゃない?」

と思いますが、

その時はその方法が
自分の中で『最善だ』と
思っていたので、

仕方なかったのだと思います。

(色々検索しての結果だったので。)


2人目の息子の時は、
同じように車で愛知に戻りましたが、

うつ病の薬を飲んでいたので
母乳があげられず完ミでした。

哺乳瓶の消毒も、
薬液ではなく
レンジを使うものにし、
サービスエリアのレンジで
滅菌させて貰ってました。


娘の時に得た育児の経験と
知識が為になったのか、

1人目の時より、自分の気持ちも
軽かったことを覚えています。






※ちなみに哺乳瓶の消毒に使ってたのはこれ↓
スチームと薬液消毒の2役使えて便利でした!

3.おっぱい出しっ放しだったの続きです。正確には、『【娘を生かす】こと以外、考えられなかった』…という感じでした。決して、『可愛くない』と思っていたわけではないです。初めての育児だったから、何が最善の方法なのか、いっぱい調べたり考えたりして…。娘の顔を見な
の続きです。
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正確には、

『【娘を生かす】こと以外、
考えられなかった』

…という感じでした。


決して、『可愛くない』
と思っていたわけではないです。



初めての育児だったから、

何が最善の方法なのか、
いっぱい調べたり考えたりして…。


娘の顔を見ながらのんびり
「…可愛いなぁ(^-^)」と
思える余裕がありませんでした。



人によっては

「そんなことあるの?我が子なんだから、
抱いてればその時に可愛いなと思うでしょ?」

と不思議に思うかもしれません。


しかし私は、
物事を冷静に見る傾向にあり

その時は抱き方ひとつでも

「この角度で良いかな?
背中をもう少し丸めた方が良いかな?
(まだ大人みたいに背骨がS字じゃないから
Cの形がいいよね?)
呼吸しづらくないかな?寒くないかな?」

といちいち細かく考えてやっていて、
『可愛い』と思うところまで
辿り着いていませんでした。


※「冷静に物事をみる傾向」
が、わかる記事はコチラ↓

(産んですぐ「かわいー!」と思う人もいれば、
この時の私のように[その時の現状]を把握する人もいます。
後者の方が、うつ病の人に多いらしいです。

その「うつ」についての記述は
この漫画に載ってました↓
アニメ化もした作品です。


なにより、授乳が上手くいって
なかったのが一番のネックで、
(母乳外来には行ってた)

【母乳育児→成長に大事なこと】なので、
1日中そのことで頭がいっぱいでした。


その上、愛知の自宅に戻ってからは
ワンオペ育児で…(>_<)

すぐには余裕を持てませんでした。



しかし娘が生まれて7ヶ月後には、
授乳間隔も安定してきて、
育児にも慣れてきて、

毎日「可愛い!可愛い!(*´∀`*)」
って言いながら写真を撮っていましたよ。
(写真が大量過ぎて整理が大変です(笑))


2、産後は涙もろかった?の続きです。娘は退院時2400gしかなく、吸う力も胃袋も小さく、かなり頻回授乳な赤ちゃんでした。病院からの指導のもと、混合でやっていましたが…【おっぱいに慣れると哺乳瓶で溺れる】【哺乳瓶に慣れるとおっぱいで飲めなくなる】という感じだった
の続きです。
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娘は退院時2400gしかなく、
吸う力も胃袋も小さく、
かなり頻回授乳な赤ちゃんでした。


病院からの指導のもと、
混合でやっていましたが…

【おっぱいに慣れると哺乳瓶で溺れる】

【哺乳瓶に慣れるとおっぱいで飲めなくなる】

という感じだったので、
なかなか軌道に乗らず大変でした(T-T)


浅飲みだったのと、
頻回授乳で乳頭が痛くて痛くて…

直母させる時は「よし!いくぞ!」と
心の準備をしてくわえさせてました(笑)
(今では笑い事ですが当時は辛かった。
乳頭保護器も使ってましたが
頻回すぎて消毒が追いつかなかったのと、
直母じゃないと母乳が枯れてしまいそうだったので、次第に使わなくなりました。)



昼夜を問わず頻回で、
夜はぐっすり眠れないし、
昼間も授乳・オムツ替えだけで
1日が終わってしまうような感じで、

「こんな状態で自宅に戻って、
家事が出来るだろうか…?」
と思うほどでした。

(夜、添い乳しながら寝てしまい、
一晩中胸を露出しながら
寝てたこともありました(笑))



この時はまだ分かっていませんでしたが、
娘は先天性心室中隔欠損症があり、

普通の赤ちゃんよりも
「体力がなく、疲れやすい」
という状態でした。

母乳を飲む体力がないので、
どうしてもチョコチョコ飲みに
なってしまっていたそうです。

心臓に常に負荷がかかっている状態なので、
乳を飲んだとしても、
身体の成長にまわるエネルギーが
少なくなってしまい、
体重の増えも良くありませんでした…


なので、
先天性心疾患が分かるまで、

私の母乳量や
授乳の仕方に問題があるのかと
悩み苦しみました。

続きます。

第1子出産編から産後編に突入☆産後初のトイレを終え、歩いて新生児室へ。出産してすぐ、娘は保育器収容になったので、産後7時間くらいに新生児室に会いに行きました。我が子の顔を見れば、ドラマのように「間違いない!私の子だわ…!」と感動の対面が出来ると思いきや…そ
第1子出産編から産後編に突入☆

産後初のトイレを終え、
歩いて新生児室へ。





出産してすぐ、娘は保育器収容になったので、

産後7時間くらいに新生児室に会いに行きました。


我が子の顔を見れば、

ドラマのように
「間違いない!私の子だわ…!」と
感動の対面が出来ると思いきや…

そんなことはなく(笑)


「え?この子が私のお腹にいたの?…本当?」

って感じでした。(^_^;)


ちなみに生まれたての娘は
ガッツ石松さん派なお顔でした(笑)



第1子出産編から産後編に突入☆ 産後初のトイレを終え、 歩いて新生児室へ。 日勤の看護師さんが私を見て一言… のちにこの産婦さんと 授乳・調乳室でお会いするのですが、 その時に「微弱陣痛が長くて、 お産に体力を消耗しきったから丸一日寝込んでた」 …と聞きました。

第1子出産編から産後編に突入☆


産後初のトイレを終え、
歩いて新生児室へ。

日勤の看護師さんが私を見て一言…


のちにこの産婦さんと
授乳・調乳室でお会いするのですが、

その時に「微弱陣痛が長くて、
お産に体力を消耗しきったから丸一日寝込んでた」
…と聞きました。


産後の動き出しも人それぞれですね☆



5話へ続きます



第1子出産編から産後編に突入☆ 産後初のトイレを済ませて 付き添いで待ってくれていた 助産師さんの元へ… 助産師さんに痛かったことを話したら、 「うんうん、みんな最初のトイレは痛いらしいよー」と 共感してもらえるのかなーと思ったら 「…え?そうなの?」って感じで

第1子出産編から産後編に突入☆


産後初のトイレを済ませて
付き添いで待ってくれていた
助産師さんの元へ…



助産師さんに痛かったことを話したら、

「うんうん、みんな最初のトイレは痛いらしいよー」と
共感してもらえるのかなーと思ったら

「…え?そうなの?」って感じでした(笑)


この後、産後でグラグラな骨盤に手を添えながら
ゆっくり歩いて娘に会いに行きました。


4話へ続きます





第1子出産編から産後編に突入☆ 産後初のトイレへ。 赤ちゃんを産み終わった後のお股事情…(笑) 産後初の排尿は痛かった…! 縫うほどでもないけど切れてたからそこにしみたのか? それとも産後分娩室で導尿してもらったから? その痛さは例えるならば 針のようなおしっこを

第1子出産編から産後編に突入☆


産後初のトイレへ。

赤ちゃんを産み終わった後のお股事情…(笑)



産後初の排尿は痛かった…!

縫うほどでもないけど切れてたからそこにしみたのか?
それとも産後分娩室で導尿してもらったから?

その痛さは例えるならば
針のようなおしっこを排泄する痛さ…!
(どんなんだ(;^ω^))

これ以降も排泄の度
一人トイレの中で
痛みで悶絶してました。


排泄した後、トイレットペーパーで拭いて
さらに清浄綿でキレイにしてから
産後用のナプキンをするのですが…

それを毎回、恐る恐るしてました。


でも、これから出産予定の方々、安心してください!
入院中にすっかり痛みはなくなりましたよ!
(とにかく明るい安村さん風で読んでください(笑)↑)

人間の回復力ってすごいです。

…あ、でも入院中といっても、
娘が小児科入院になっていたので
私の場合約10日間病院にいました。

(娘の体重が出生体重を超えてから
退院しようという話になっていたので。)

娘は先天性心疾患を持っていたのですが、
この時点では発覚しておりませんでした。

その話はまた後々描いていこうと思います。


 3話へ続きます。